ちーちゃんを救う会
「ちーちゃんはこんな子」
ちーちゃんは、2014年5月19日に生まれ、今年で11歳の女の子です。病気になるまでは運動が得意で公園で遊ぶことが大好きでした。ひょうきんで愛嬌があり、ちーちゃんの周りはいつも笑顔でいっぱい!多くの方に愛されて育ちました。習い事はピアノ、習字、日本舞踊で、それぞれを楽しんで学ぶ、活発でお友達が大好きな女の子です。
「突如、ちーちゃんを襲ったがん。5年生存率は30%台」
2018年、ちーちゃんは、3歳の時に神経細胞ががん化する神経芽種と診断されました。腎臓の上にある副腎を原発として、全身の骨と骨髄に転移した状態で見つかりました。ステージは4で高リスクに分類され、手術や抗がん剤治療、放射線治療などを組み合わせた標準治療を受けても5年生存率は3割~4割。再発すれば確立した治療方法の無い非常に難しい病気でした。
「ちーちゃんを救うために2度転院、出来る治療はすべてした」
名古屋大学医学部附属病院では、1年以上に及ぶ抗がん剤治療の後、外科手術でがん細胞を副腎ごと摘出しました。そして、金沢大学医学部附属病院へ転院し"大量MIBG内照射"の後、大量化学療法の"自家末梢血幹細胞移植"を受けました。その後は名古屋の同病院へ戻り"KIRリガンドミスマッチ臍帯血移植"そして陽子線治療と、当時、日本で出来る治療はすべて行いました。
「5歳で退院。病室から太陽の下へ」
移植後は40度の熱が1週間以上続き、肺に水が溜まり、酸素補助など命の危機もありました。しかし、免疫抑制剤やステロイドなどを使い、なんとか乗り越え5歳の時に退院。退院後は定期的な輸血や再発予防薬としてレチノイン酸を服用しながらも幼稚園へ通うようになりました。
「再びちーちゃんを苦しめるがん。生存率はわずか数%」
初発の治療終了から今年の秋で4年。この頃には検査が3か月置きになっていました。2023年の8月。この時もいつもと同じ結果になると考えていました。しかし、画像検査で左の9番目のろっ骨に背骨を巻き込むようにがんが再発していました。6年前の初発の時は医師から、再発したら助からないといわれていました。今は医療の進歩により数%程度は救えるようになっていました。それでも、生きる可能性はあまりにも低い数字でした。
「再発した小児がん(神経芽腫)には確立された治療が無い」
数%という生存率を少しでも高めたい。再発が分かってすぐ、ちーちゃんのご両親は他に何か良い治療法はないか、セカンドオピニオンなどで情報を集めました。しかし、どの医師に尋ねても「完治は望めない。ただ残りの時間を、弱い抗がん剤を使いながら、いつか良い治療が出来る事を願おう」という事でした。
「やっと見つけた、命を繋ぐ希望の光」
2023年4月にイタリアのローマにあるバンビーノ・ジェス小児病院から再発および治療抵抗性神経芽腫に対するGD2-CAR-T療法の治療成績が報告されました。再発あるいは化学療法を受けるも寛解に至らなかった 27人の小児がん(神経芽腫)患者を対象に、GD2-CAR-Tを投与したところ、26人において、投与開始から最長30ヶ月、末梢血中にCAR-T細胞が検出されたといった内容でした。
バンビーノ・ジェス小児病院以外の海外、国内に於いても研究はされているようですが、まだ日本では臨床試験を開始している病院はありません。
「命を繋ぐために出来ること」
「やっと見つけた。ちーちゃんを助けられるかもしれない」。主治医を通じてバンビーノ・ジェス小児病院へ問い合わせました。すると、ちひろを受け入れてもらえるとの内諾をいただくことができました。しかし、イタリアでの治療には莫大な費用がかかります。健康保険などの公的サポートがないため、私たちのような一般家庭では到底まかなえる金額ではありませんでした。そこで、ちひろの明るい未来のために、「ちーちゃんを救う会」を結成し、広く皆さまにご支援を呼びかけました。
「支援が集まり、いざイタリアへ」
2023年12月、私たちは祈るような気持ちでクラウドファンディングを公開しました。幸いなことに、たくさんの方々から温かいご支援をいただき、クリスマスの日に目標金額を達成することができました。ご支援とともに寄せられたたくさんの応援メッセージは、私たち家族に大きな勇気と希望を与えてくれました。その温かな後押しのおかげで、ちひろは無事にイタリアへ旅立つことができました。
「過酷だったイタリアでの治療」
異国の地で日本人として初めて受けたGD2-CAR-T治療は、想像を絶する過酷なものでした。投与からわずか数時間で40度の発熱。頭から足の先まで全身に炎症反応が広がり、強い痛み止めを打っても眠れないほどの痛みが続きました。40度の熱は3週間も続き、ベッドから降りられない日々。体重は31キロから23キロにまで落ち、支えがないとまっすぐ立つことすらできませんでした。言葉の通じない孤独と、副作用という見えない敵との闘いが続きましたが、ちひろは耐え抜きました。
「寛解し退院、帰国、戻ってきた日常」
辛い副作用を何とか乗り越え、懸命なリハビリを頑張った結果、経過は順調に進みました。治療開始から4か月後に寛解し、日本へ帰国しました。その日に食べた「おでん」の味は、ちひろに日本に帰ってきた喜びを改めて実感させてくれました。皆さまからのご支援には感謝の気持ちでいっぱいです。寄せられた「元気になって良かったね」という温かい声一つひとつが、ちひろの大きな励みとなりました。夏には入院中できなかったお祭りにプール、学校ではお友達と運動会と、失った時間を取り戻すかのように毎日をめいっぱい楽しむ、そんな日常が戻ってきたのです。
「信じられなかった再々発」
退院後は3か月ごとのイタリアでの検査を順調にクリアし、体力もだいぶ回復しました。検査の合間には、つらい治療の記憶を楽しい思い出に変えようと、親子でのんびりローマの街を散策しました。しかし、1年後の検査で、前回と同じ箇所から再々発が見つかったのです。この知らせは、私たち家族にとって信じられないものでした。どんなにつらい治療でも泣き言ひとつ言わなかったちひろが、この日ばかりは声を上げて泣きました。10歳のちひろは、この再々発が何を意味するのか、きちんと理解していたのです。
「生きる可能性にかけて」
帰国後すぐに名古屋に戻り、抗がん剤治療を始めました。ちひろの今後の治療については、名古屋の主治医とイタリアの先生との間でカンファレンスが開催され、2つの治療法が提示されました。ひとつは、イタリアに保存してあるちひろの GD2-CAR-Tを複数回投与する治療。もうひとつは、両親のどちらかのGD2-CAR-T 細胞を作り、それを移植するハプロ移植です。いずれかひとつだけでなく、2つの治療を順に実施する案も示唆されています。
「再びイタリアへ、命をあきらめたくない」
どちらの治療を選択したとしても、治療期間は前回を遥かに超える見通しです。日本では現在も神経芽腫に対する治療は研究段階にあり、ちひろの命を繋ぐ可能性があるのは、やはりイタリアでの治療しかありません。再び高額な治療費という大きな壁に直面し、皆さまの善意に頼らざるを得ない状況に、ためらいがないわけではありません。それでも私たちは、ちひろの命をあきらめたくないです。どうか、もう一度イタリアでの治療を受けるご支援をお願いいたします。
「支援の使い道」
・治療費は、冷凍保存中のGD2-CAR-T細胞を6回分すべて使用した場合を基準に算出しています。
・治療中に発生した合併症などの処置費用は含まれていないため、その分の予備費を計上しています。
・渡航費は、治療後も18歳まで3か月ごとに定期検査を受けることを想定して算出しています。
・費用は付き添い1名(母親)の渡航費、滞在費を含みます。
「治療のスケジュール」
・凍結保存分は6回分あり、3~6ヶ月間隔で最大6回の輸注を行います。
・治療後はちひろが18歳になるまで3か月ごとにイタリアでの検査を継続します。※いずれも経過により変更する場合があります。